寿司職人ブログ

人生真ん中あたり

あんなこといいな できたらいいな

科学技術は進歩しましたが、日々の暮らしで不便さを感じることはまだまだ存在します。洗濯物を自動的に畳んでくれる機械とか、内部清掃機能がついているベッドのマットレスとか。毎日定刻に開閉してくれる雨戸とか。単なるものぐさなんですがね。

 

ツイッターでは夫婦の家事分担で言い争いになるより食洗機を買え、みたいな言説がウケます。実際私もそう思います。ただ食洗機も万能ではないですよね。プラスチック製のものはダメだったり鍋など大きな調理器具は手洗いが必要だったり、まだまだ家事には人力を必要とします。人類はいつになれば家事労働から解放されるんだろうね。

ハイジニーナ

 誰も得しない情報ですが、ハイジニーナa.k.aパイパンにしています。ついでにワキの毛もスネの毛もモモの毛も剃りました。腕の毛はもともとあまり生えていないので処理していません。

 高校の同級生の女の子が「毛は身体を守る」と言っているのを聞いて以降、体の毛を剃ることに抵抗感を覚えていました。しかし、もはや最も重要な部位である頭部の毛を失ったいま、下着とズボンに守られた陰部の毛を剃らないことの合理的理由がありません。9月半ばとなり多少涼しくなりましたがまだまだ歩けば暑くなり汗をかきます。まだまだ股間が蒸れる季節なのであります。股間が蒸れると雑菌が繁殖します。そうすると臭くなります。臭いのはやだよね。だから毛を剃るのです。なかなか快適です。みんなも剃ってみよう。

 

アメリカの体罰について - 寿司職人ブログ


アメリカの体罰について - 寿司職人ブログ

 

face suspensionの意味を親切な人に教えてもらいました。suspensionは停学で、faceは直面する、つまり体罰しない場合の罰則は停学なんですね。これは痛い。そして私の英語力の低さ。。。😓

 

教えてくれた人、ありがとうございました!

アメリカの体罰について

BBCニュースを読みました。

エントリのタイトルは「アメリカの体罰」となっていますが、この記事ではジョージア州の学校における体罰(corporal punishment)について述べられています。

BBC News: Georgia school to ask parents to paddle students as punishment

I saw this on the BBC and thought you should see it: Georgia school to ask parents to paddle students as punishment - http://www.bbc.co.uk/news/world-us-canada-45490196

paddle 船をこぐ、の他に「へらで体を打つ」という意味もあります。 

学校から親に「悪さに対する罰として、体罰を与えてよいか」と尋ねる手紙が送られるようです。親の同意が得られた場合はケツを3回、木製のたたき棒でしばかれるようです。体罰を与えることに対して親の同意が得られない児童には、"face suspension"が代替の罰として与えられると書いてありました。face suspensionってなんだろう。ほっぺたを掴んで伸ばすのでしょうか。これも体罰のような気がするが。ほっぺた伸ばし、ケツ叩きと同程度の痛さとは思えない。もみあげをつまんで強く引っ張るほうが痛いので、ケツ叩きの代替にはもみあげ引っ張りのほうが良いかと思われる。どうでも良いが私の地元ではもみあげを引っ張る暴力行為を「ワカメ」と呼んでいたことを思い出して懐かしい気分になった。

 地元を出て20余年、いまでは掴むモミアゲもなくなった。

I have a dream

 私には夢がある。

 それはいつか会社のお金で海外に行くことだ(ショボい)。その夢はいつか実現できれば良いと思っていた。しかし夢は実現することに意味がある。夢を抱き続けることも大事だが 一つ実現しその次にまたさらに大きな夢を見る。これは充実した生を送る上で重要なことだと私は思う。

 私の夢が叶いそうである。もしかしたら叶うかもしれない。仕事で海外に行くことができそうだ。海外に移住することわけではない。海外の主要学会に会社の金で参加することが 私の抱いてきた夢であった。私は夢を抱き続けてよかった。環境を変えるための努力 決意をしてきてよかった。ただまだ 確定したわけではない。確定させるために 更なる努力が必要だ。運の良い人間はただ運がいだけではなくチャンスを掴む握力を持っている。私はその握力を鍛えたい。相手があることなので、自分だけの要因では決まらないが。とりあえず英語の勉強を続けます。Twitter はま少しだけ距離をおきます。

 人生を前に進めなければならない。

職場の人間関係について

 職場の人間関係が悪いと業務効率が下がり業績に悪影響である。また人間関係で悩むことによりメンタルヘルスが悪化することで休職や離職に及び人材流出に繋がる危険性もある。企業の維持発展のためには職場の人間関係を良好に保つ必要があるわけだ。ゆえに人事部門(労務というよりHuman Resource Development)は組織の人間関係に関するモニタリングを低規定に行い人間関係を悪化させないための働きかけを行うことが業務として求められる。

 人間関係が悪化する、とはつまりコミュニケーション不全のことである。本来共有すべき情報が共有されないため業務推進にあたって大きな阻害要因となりうる。原因のひとつに個人的な批判が批判対象の耳に入ることがある。つまり「お前、俺の悪口言ってただろ」である。この他、「あの部署は何をやってるかわからない(役に立ってないのではないか、というニュアンス)」もままある。たとえば部門Aの若手社員が部門Bを批判し、それが部門Bの責任者の耳に入ってしまうと事態が悪化する。若手社員のキャラクターに依るが、部門Aの責任者が日頃から部門Bを批判しているように捉えられるからだ。こうすると部門A.Bのトップ同士の仲が悪くなり、会議などで同席した場合は社業の発展を志向するのではなく、責任者のメンツを守るための、内向きの議論となり時間という経営リソースを奪うわけである。

 対策としては、HRDが機能している場合、対立の火種がまだ小さいうちにHRDに報告し事態の収集をはかることではないだろうか。少し喉が痛いなと思ったら薬局でトラネキサム酸を飲んでおくようなものだ。

 日本人は批判に弱いというか、批判されると人格を否定されたような気になってしまう。実際、人格批判も多いと思うが。批判するのは意見や行動であって、人格ではないはずだ。そして批判と改善策の提案はセットで行うことが望ましい。批判する俺すげえ、のための批判は愚の骨頂である。極めて人間くさくはあるのだが。

 ま、人の批判をする暇があったら自分の仕事をせいってことでしょうね。

久しぶりのブログ更新

 酒とツイッターの復活により人生が逆流しています。筋トレと英語の勉強はほそぼそと続いているものの、酒とツイッターにより日常生活と銀行口座を蝕まれております。

 人生には優先順位というものがあり、近年では仕事より家族やプライベートの時間のプライオリティを高くする傾向にあるようですが、私の場合は酒と色の優先順位が高いです。そのための原資を稼ぐ手段として仕事がありますので、仕事の優先順位も高いです。こう考えると、自分は大丈夫なのか?という気持ちが鎌首をもたげてきます。べき論で語るとなると、真っ先に否定されるべき人間が私です。下手に禁酒・減量の成功体験を積んでいるため、下手なアドバイスをされるとへそを曲げてしまいます。「いや、なんやかんや言うて俺のほうがダイエットできてるしやな」って。タチが悪いよね。。。。

 結局は自身で「切実さ」を真正面から味わうほかはないんだ。ヒントは他者から与えられるものだとしても、それを活かすも殺すも自分次第なわけです。漸くエモーショナルさが抜けてきつつありますので、なんとか人生の流れを前向きの上昇気流としていきたいと思っているのだけど。難しいんだよね。