あなたは歴史から学ぶ?それとも経験から学ぶ?
「フライボーイズ」「レッド・バロン」など、第一次世界大戦の飛行機乗りやドッグファイトを描いた作品が好きです。私はとんと持ち合わせておりませんが、いわゆる騎士道精神を持ち合わせた、爽やかに見える振る舞いと複葉機の飛行シーンの美しさ、飛行機乗りたちのいささかレトロないでたちなどが魅力的なのです。
「レッド・バロン」では主人公のリヒトフォーフェンは生まれも振る舞いも貴族・騎士として描かれています。戦場においては貴族は指揮官として戦争に係わり、一般兵卒とは別の扱いを受けていました。貴族の絶対数は圧倒的少数派でしょうが、テレビやラジオ、普通選挙権すらがない当時のことでしたから、時代を作っていたのはエスタブリッシュメント、貴族階級の方々だったと考えて良いでしょう。
第一次世界大戦では、空中においては貴族的振る舞いが許されても、地上戦では全く悲惨なものだったようです。機関銃が開発されたので効率的に人が死んでいきます。地上を進軍すると機関銃の餌食になるので、殺されないために穴を掘って近付こうとします。すなわち塹壕戦です。これで戦線が膠着するので、なんとかせないかんということで、毒ガスなどが使われて効率的に人を殺傷せしめる兵器が開発されていきます。
(南北戦争の戦争シーンのなんと牧歌的なことか!)
この新兵器ー機関銃や毒ガスーは、「戦争を早く終わらせるため」という「人道的な」大義名分のもとに開発されたそうです。余談ですが機関銃の開発者はリチャード・ジョーダン・ガトリング。毒ガス兵器はフリッツ・ハーバー。窒素からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法にその名を残す近代化学の偉人です。ちなみにフリッツ・ハーバーはブレスラウ生まれのユダヤ人で、ハーバーが開発に関わった化合物でユダヤ人がたくさん殺されたと言われています。皮肉が過ぎますね。
戦争は時代精神を反映する鏡なのか、これからの時代精神を導くガイドビーコンなのか、どちらなのでしょうか。戦争がイノベーションを起こし、科学技術を大きく前進させることは疑う余地がありません。その科学技術を使った結果に慄然とし、あるいは甚大な被害を受け、漸く使用に際し倫理的技術的ガイドラインを作成し、公教育のプログラム等で継続的に注意喚起をすることを通じて少〜しずつ人類は賢くなっていくのでしょう。
つまるところ、「賢者は歴史に学ぶ」とはいいますが、結局人類は経験を通してしか前進していないのです。経験の集合が歴史です。故に人類は総体として愚者と言えましょう。
とりとめのない話をたくさんしてしまいましたが、経験からすら学んでいない私が一番愚かだというオチで、このエントリを〆たいと思います。どっとはらい。