寿司職人ブログ

人生真ん中あたり

あの薬と認知症の関係について

 どうしても記事を書かずにはおれないので書きます。British Medical Journal(BMJ)という世界五大医学雑誌にある論文が掲載されました。リンクは以下。

Anticholinergic drugs and risk of dementia: case-control study | The BMJ

論文のタイトルは"Anticholinergic drugs and risk of dementia: case-control study" であります。拙訳ですが、「抗コリン薬と認知症のリスク:ケースコントロール研究」といったところでしょうか。

抗コリン作用というのはコリン・ファースのアンチになることではなく、神経化学伝達物質であるアセチルコリンの働きを弱める作用ということです。アセチルコリンアセチルコリン受容体に結合するのを防ぐことにより、交感神経や副交感神経、運動神経と筋肉に影響を与えます。世の中にはいろいろな抗コリン作用を持った薬があります。Wikipediaによると、抗コリン作用の強い薬品としては以下のようなものがあります。

第一世代の抗ヒスタミン薬[2]:ジフェンヒドラミンレスタミンドリエル)や プロメタジン(ヒベルナ、ピレチア)など。改良された抗コリン作用のない第二世代抗ヒスタミン薬が、1980年代より登場している。
低力価の抗精神病薬[3]:フェノチアジン系 の クロルプロマジンレボメプロマジン など。
三環系抗うつ薬:イミプラミン や アミトリプチリン など。
ベンゾジアゼピンジアゼパムセルシンエチゾラムデパス

見知った名前の薬がありますね。

さて、これらの抗コリン薬と認知症の関係とは?論文の結論(conclusion)は以下の通りです。(日本語は私の拙い訳なので間違っている可能性が大)

Many people use anticholinergic drugs at some point in their lives, and many are prescribed to manage chronic conditions leading to potentially long exposures.

 多くの人が人生のいくつかの時期において抗コリン作用のある薬を使い、そして多くの人が慢性症状を抑えるために抗コリン薬が処方される。それは長期の抗コリン薬への暴露に至る可能性がある。

There are robust associations between levels of anticholinergic antidepressants, antiparkinsons, and urologicals and the risk of a diagnosis of dementia up to 20 years after exposure.

抗コリン作用のある抗うつ薬、抗パーキンソン病薬、泌尿器系薬のレベルと抗コリン薬の暴露から20年後までに認知症と診断されるリスクとにしっかりとした相関がある。

Other anticholinergics appear not to be linked to the risk of dementia, and risks remain uncertain for other drugs.

他の抗コリン薬は認知症のリスクとは関連がなかったように見えた。また他の薬のリスクも不透明のままである。

Clinicians should continue to be vigilant with respect to the use of anticholinergic drugs, and should consider the risk of long term cognitive effects, as well as short term effects, associated with specific drug classes when performing their risk-benefit analysis.

医師は抗コリン薬の使用については警戒を続けなければならない。そして利益と危険性の分析を行うに際して特定の医薬品と関係する短期の効果と同様、長期の認知機能に与える影響を考慮に入れるべきである。

 

 ということでした。

 この論文中には名前が出ていませんが(イギリスでは売られていないからでしょう)抗うつ薬かつ抗コリン作用のある薬といえば本邦ではエチゾラムが有名です。エチゾラムはその依存性や乱用がずいぶんと問題になっており、少し前に「向精神薬」に指定されました。今まで野放しだったのです。日本の医薬行政はその不作為で依存性患者さんをせっせと増やしていたんですね。なるほど美しい国です。日本におけるエチゾラムの問題点については週刊誌レベルでも問題視されていたようです。依存症にならないように上手く使えば良いのでしょうが、そう上手くいくものではありません。人の意志が弱いのではなく、なぜなら薬そのものに依存性があるからです。

厚労省もついに認めた!この「睡眠薬・安定剤」の濫用にご用心(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

 認知症の発症はおしなべて抗コリン薬のせいである、と言うことはできません。例えばパーキンソン病では遅かれ早かれ認知症を発症すると言われています(レビー小体が分布する脳の部位の場所によりパーキンソン病なのかレビー小体型認知症なのか呼び名が変わる、と認識しておくと良いかもしれません)。つまり病態によるものでは、という考え方も可能なわけです。

 人体は実に興味深いものです。そして治験では安全だと言われる薬でも、短期的な副作用はないとしても、販売時に10年を超える長期の影響を検討した試験データを用意しておくわけにはいきません。このあたりはなかなか難しいところのようです。もう少し社会的な関心が高まり、医薬品産業の未来も含めた議論が深まると良いなと思います。