寿司職人ブログ

人生真ん中あたり

【読書感想文】動的平衡

 福岡伸一先生の「動的平衡」を読了した。

 生命の本質とは、遺伝子のコピーを残すということより、敢えて誤解を恐れず言うのなら「合成と分解のダイナミクスと同一性の維持」にあるのではないだろうか。

 要は「いまの私は三ヶ月前の私と姿形は同じだが、同じものからはつくられていない」ということである。私が先程食べたコールスローサラダに含まれるキャベツの酵素すなわちタンパク質(を構成するアミノ酸)が私の身体のどこかを構成するのである。

 我々人間は絶え間なく変化していながらも同一性を維持している。熱力学第二法則という坂道を下りながら上昇する円環が生命である(福岡先生はこのモデルを「ベルクソンの環」と命名していた)。坂道を下るのは分解方向、坂道を登るのは合成の方向である。坂道を下りきったしまうことは死を意味する。しかし、いち個体の死によりいち個体はそれを構成する諸要素に分解され、それがまた別の個体を構成する要素となるわけである。食物連鎖であり、生成流転する生命活動のひとつのサイクルといえるだろう。

 「動的平衡」を読んでふと頭に思い浮かんだのは鴨長明の「方丈記」である。

ゆく川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず

よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

世の中にある人とすみかと、またかくの如し

 生命の本質は変化の連続、すなわち無常である。ニヒリズムめいた言い方になるが、我々の人生には特に意味はないのだろう。人はやがて死ぬ。そして100億年もすれば太陽が恒星としての役割を終え、赤色巨星となった太陽に巻き込まれ地球の生命は消えてしまうだろう。しかし、生命のはたらきは素晴らしいのである。我々は素晴らしいシステムを持っているのだ。この感動を誰かに伝えることも意味はないことかもしれないが、それでも私は伝えたいのである。きっとそれが生きているということなのだろうから。

新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか (小学館新書)